東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)158号 判決 1977年2月07日
原告 岡本サク
被告 鹿沼税務署長
訴訟代理人 島尻寛光 小川修 ほか三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和四七年八月三一日付をもつて原告の昭和四六年分の所得税についてなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、昭和四六年分の所得税につき別表(一)のとおり確定申告したところ、被告は、同表記載のとおりの更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下両処分を併せて本件処分という。)をした。
原告は、本件処分に対して同表記載のとおり異議申立及び審査請求をしたが、いずれも棄却された。
二 しかしながら本件処分は、温泉源二口を譲渡したことに係る譲渡所得税の算定に関し、温泉利用権、機械装置につき租税特別措置法(以下単に措置法という。)三一条、三二条所定の分離課税の取扱をしなかつた点及び温泉源の地盤たる河川敷占用権の価額を温泉旅館敷地たる河川敷占用権の価額を基準として算定している点において違法である。
よつて、原告は被告に対し本件処分の取消を求める。
(請求原因に対する被告の認否及び主張)<省略>
(被告の主張に対する原告の認否及び反論)
一 被告の主張二、1について
1 同(一)のうち、第一、二号温泉源の温泉利用権、機械装置が、措置法三一、三二条にいう「土地の上に存する権利」でないとしていること及び河川敷占用権を温泉利用権と別個の資産として評価していることは争う。(その理由は後記三)
河川敷占用権算出の基準として、温泉旅館敷地として占用する河川敷占用権の取引価額を採用しているのは失当である。即ち、栃木県河川管理規制によれば、河川敷占用料は、温泉湧出口については二〇、〇〇〇円(一平方メートル当り、一年間)であるのに対して、温泉旅館敷地については四〇〇円(一平方メートル当り、一年間)である。
その余はすべて認める。
2 同(二)は争う。
二 同二、2について<省略>、三同二、3について<省略>
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因一の事実(本件処分の経緯)は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件処分につき原告主張の違法があるかどうかについて判断する。
1 本件温泉源等の譲渡について措置法三一条、三二条の適用の有無
原告が本件温泉源等を、一五、五〇〇、〇〇〇円で譲渡したこと及び本件温泉源等が事実上、<1>第一号温泉源の温泉利用権、<2>第二号温泉源の温泉利用権、<3>河川敷占用権、<4>構築物(温泉くみあげ装置を水流から保護するための鉄筋コンクリート造りの防塞で、通称トーチカという。)<5>機械装置(モーターと直結している温泉くみあげポンプ及び電気設備一式)から構成されていることは当事者間に争いがない。
被告は、本件温泉源等のうち、<1>第一号温泉源の温泉利用権、<2>第二号温泉源の温泉利用権、<5>機械装置は措置法三一条、三二条に規定する「土地の上に存する権利」に当らないと主張するのに対し、原告は右<1>、<2>、<5>は独立の資産ではなく、これらと一体としての<3>の河川敷占用権が「土地の上に存する権利」に当ると主張する。
ところで、譲渡所得税の対象は譲渡可能な権利一切をいうものであることはいうまでもない。
これをいわゆる温泉利用権についてみると、一般に温泉利用権は、法律上通常地盤についての権利とは別個独立の権利として観念され、譲渡の対象とされていることは明らかである。もつとも、実際上は、温泉利用権の譲渡には地盤の利用権の移転が伴なわなければならないことは当然である。しかし、そうとしても、その場合取引の対象とされるのは、温泉利用権と離れた地盤の利用権そのものではなく、温泉利用のための地盤利用権であり、むしろ経済的、実質的にみれば、取引の主目的は温泉利用権の譲渡にあるということができるから、温泉利用権が事実上、地盤利用権と一体として譲渡されたからといつて温泉利用権が、法律上、地盤利用権と別個独立の権利たる性質を有しないとか、あるいは実際上譲渡不可能な権利であるとか、いうことにはならないものというべきである。
即ち、温泉利用権はそれ自体右の意味で法律上も実際上も譲渡可能な権利として譲渡所得税の対象となるものというべきであり、従つて温泉源利用のための機械装置も同様に解すべきである。
原告は、本件温泉源については、その利用が河川敷を占用して諸設備を施して行なわれるものであるから河川敷占用権と切離された別個独立の温泉利用権は存在しない旨主張する。<証拠省略>を総合すると、鬼怒川筋では、温泉源が河川敷にあるために、温泉源を利用しようとする者は栃木県知事の河川敷占用許可を受け、湧出口に前記<4>の構築物及び<5>の機械装置を設備して引湯し、河川敷占用料として二〇、〇〇〇円(一平方メートル当り一年間)を栃木県知事に対して支払つたうえ、これを利用していること、許可期間は一応五年以内であるが、五年毎に更新がなされている実情にあること及び本件温泉源等の譲渡は対象物件を所在、地番、地積、湧出量で特定し、温泉源と表示して県知事の許可を得たうえで、公正証書を作成して行なわれていること等の事実が認められる。
右認定事実からすると、本件において温泉湧出箇所が、河川敷にあることから、温泉利用のためには河川管理者の許可を得たうえで河川敷占用権を設定することが前提であつて、温泉利用の権能を移転するためには河川敷占用権の譲渡が必要であり、通常両者が同一の主体に帰属しない限り経済的に十分な価値は発揮されがたいものということはできるけれども、しかしながら、右事実をもつてしても、本件温泉源等が、一体不可分の河川敷占用権としての性質を有するものとして単一的に評価、把握されるべきものとは解するに足りず、温泉源から温泉湯を採取する権能であるいわゆる前示の温泉利用権一般と異ならず、それ自体独立して譲渡所得税の対象となるものというべきである。
以上によれば、本件温泉源等を構成する前記<1>第一号温泉源の温泉利用権、<2>第二号温泉源の温泉利用権、<3>河川敷占用権、<4>構築物、<5>機械装置はそれぞれ譲渡所得税の対象となる資産となる。
そこで、さらに右の<1>、<2>、<5>の各資産について措置法三一条、三二条が適用されるべきかどうかについて判断する。
措置法三一条、三二条に規定する個人の譲渡所得の課税方式の特例規定を設けた趣旨は、土地の供給及び有効利用の促進と需要の抑制を図ることにより宅地の需給の不均衡を解消することにあつたということができる。即ち、土地建物等の譲渡所得に対する税負担が、従来の総合課税のもとでは、他の所得の如何により異なることから、税額が簡明に把握できないことと、累進税率により多額の税負担を伴う場合のあることから、土地の売り惜しみを招来し、宅地の供給を抑制する虞れがあるため、土地建物等に対する譲渡所得を分離課税として負担税額の計算の簡易明確化を図り、保有期間五年を超える長期保有土地等の譲渡については、低率の比例税率(昭和四五、四六年は一〇%、四七、四八年は一五%、五〇年は二〇%)とし、且つ譲渡所得の金額の計算にあたつては、通常の額より高額の特別控除をする(措置法三一条二項)こととし、これらによつて宅地の供給の促進を図り、他方、保有期間五年以内の短期保有土地等の譲渡については、高率による税を負担させることにより、値上り期待のもとに取得され、短期間で売却される投機的な土地等の需要を抑制することを目的としたものである。
以上のとおり、措置法三一条、三二条が宅地の需給の不均衡、不合理の解消を目的として所得税の課税の特例を認めた規定であることに照らすと、右規定の適用の対象となる「土地の上に存する権利」とは地上権、土地賃借権のような土地を直接利用することを内容とする権利及び地役権のような一定の土地の利用価値を増すために他の土地の上に支配を及ぼす権利をいうのであつて、温泉源から温泉湯を採取する権利である温泉利用権のごときものは、これにあたらないと解するのが相当である。蓋し、温泉利用権について、その保有期間の長短によつて軽減或は重課措置をとり、供給を促進させ、もしくは需要を抑制せしめる政策的措置を講ずべき合理的理由は全く存しないからである。
そうすると、本件譲渡にかかる温泉源等のうち、前記<1>第一号温泉源の温泉利用権、<2>第二号温泉源の温泉利用権は措置法三一、三二条の規定する「土地の上に存する権利」に当らないものというべきである。
また、本件譲渡にかかる温泉源等のうち前記<5>機械装置(温泉くみ上げポンプ及び電気設備一式)も措置法三一、三二条の規定する「建物及びその附属設備若しくは構築物」に当らないことは前示によつて明らかというべきである。
2 総合課税となる譲渡所得金額
総合課税となる前記<1>、<2>、<5>の各資産の譲渡による所得金額は次のとおり認定できる。
当事者間に争いのない本件温泉源等の売買価額が売買契約書によれば総額一五、五〇〇、〇〇〇円(第一号温泉源一五、〇〇〇、〇〇〇円、第二号温泉源五〇〇、〇〇〇円)であること、原告は<2>第二号温泉源を昭和二一年に取得したものであるが、取得当時から現在に至るまで放置されており、<3>ないし<5>の各資産はいずれも<1>の第一号温泉源に関する設備であること、昭和四五年一〇月本件土地近傍の旅館敷地が一平方メートル当り三七、八一五円で売買された事例があること、<5>の機械装置の昭和四六年当時の再取得価額が一七〇、〇〇〇円相当であること等の事実及び<証拠省略>及び弁論の全趣旨によつて認められる原告が昭和二一年ころ三本の温泉源を総額三〇〇、〇〇〇円で取得し、その内の一本が本件第一号温泉源であり、他の一本は取得後間もなくして埋没したままで現在に至つており、残りの一本は、現在も原告が所有していること、原告は<2>第二号温泉源を昭和二一年ころ、五〇、〇〇〇円で取得したものであるが、この源泉は、前示のとおり取得当時から、現在に至るまで採取を休止しており、その所在も鬼怒川の流れの水面下にあつて、くみ上げ施設等も一切施されず、湯口は閉鎖された状態にあること等の事実を基礎として被告主張の根拠、方法に従つて算出すると、別表(二)のとおり七、二七五、四二八円となる。
原告は、<1>第一号温泉源の温泉利用権の価額の算出にあたり控除した<3>河川敷占用権の価額を旅館敷占用権の取引価額に基づき算出することは不合理である旨主張するが、河川敷占用料が、河川敷占用権の価額と対応する関係にあるとは解せられず、前記のとおり河川敷占用権は温泉利用の価値と別個に評価されてしかるべきであり、本件全証拠によるも前記認定の河川敷占用権の価額の合理性を疑わせるに足りる的確な証拠がないので、原告の主張は採用することができない。
3 分離課税となる長期譲渡所得金額
分離課税となる長期譲渡所得金額のうち温泉源の譲渡に係るものは前記<3>河川敷占用権及び<4>構築物であり、そのうち<3>河川敷占用権の価額は前記認定のとおり一二一、〇〇八円であり、その取得費が六、〇五〇円であること及び<4>構築物の価額が二四九、二〇〇円、取得費が一九〇、二〇一円であることは当事者間に争いがない。
そうすると、分離課税となる原告の譲渡所得金額は、<3>河川敷占用権、<4>構築物のほか、原野及び山林の譲渡による所得金額を併せて、被告主張の根拠方法に従つて算出すると、別表(三)のとおり一、八三〇、一五七円となる。
三 以上のとおりであつて、被告のなした本件更正処分には原告主張の違法はなく、適法であるので、右処分の取消を求める本件請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正久 山下薫 飯村敏明)
別表<省略>